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レッド・サン(三船敏郎)「Soule Rouge」 [見よ!!三船敏郎]

☆レッド・サン「Soleil Rouge」
(1971年製作、テレンス・ヤング監督、脚本:レアード・コーニッグ、ローレンス・ロマン、音楽:モーリス・ジャール、撮影:アンリ・アルカン
三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン、ウルスラ・アンドレス、キャプシーヌ、モニカ・ランドール、田中浩、中村哲)
    
三船プロダクションが企画を持ち込み、「パピヨン」「戦うパンチョ・ビラ」の製作総指揮テッド・リッチモンドに、製作者「仁義」「リスボン特急」のロベール・ドルフマンが賛同し制作にこぎつけた西部劇で、三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンの3大スターが共演という豪華版である。

華を添えるのは、ウルスラ・アンドレス、キャプシーヌという国際女優で、三船敏郎の相手をする女優は、モニカ・ランドールという女優陣。

時代は1870年、列車で日米修好条約調印のため首都ワシントンへ向かう日本大使一行が、リンク(チャールズ・ブロンソン)とゴーシュ(アラン・ドロン)の列車強盗団一味に襲われ、ミカドの貢物の黄金の刀を奪われてしまう。

日本国大使(中村哲)一行の随行黒田重兵衛(三船敏郎)は仲間の名室を殺された復讐と、奪われた刀の奪還を誓い、ゴーシュに裏切られ金貨を強奪されたリンクと一緒に、ゴーシェ一味を追う。
リンクとの珍道中は、お互いの文化を理解するための友情を育む旅ともなるのだが、こんな設定はありえるのだろうかという疑問が湧く題材でもあるが、難しいことは考えず、映画ならではの世界を堪能すべし。

1858年日米修好通商条約が締結されその条約の批准書の交換はワシントンで行われるということで、1860年江戸幕府は、アメリカに施設を送っている。その際にはアメリカ海軍のボーハタン号に乗船し、万が一に備え、咸臨丸を護衛として派遣している。

上記の事実から考えて、この物語は、あり得ないことではなく、実際にサムライがアメリカへ渉っていたことは事実である。そういう観点から見ても、アメリカに渉ったサムライが、ガンマンと一緒に活躍する物語は、充分成り立つのだろう。

主演の3人は、当時、人気絶頂のころで、チャールズ・ブロンソンは遅咲きのスターだったが、1970年前後は主演作が目白押しで、撮影当時50歳、男臭さムンムンで、ユーモアも讃えた役柄で楽しんでいるような雰囲気、早くしてスターとなったアラン・ドロンは当時37歳、フランスやイタリアで主演作連発の頃で代表作も多い、2人共充実した作品を残している時期となっている。

三船敏郎は、ブロンソンより1歳上の51歳、この作品前後は映画出演も多く、テレビドラマのシリーズ物も抱え、プロダクション社長として縦横無尽の活躍をしている頃で、よくスケジュールが取れたものだと思う。
流石の貫禄で、社交辞令かも知れないが、アラン・ドロンは後年、尊敬する俳優として、三船敏郎を挙げている。

監督は、テレンス・ヤングで、「007ドクター・ノオ」「007ロシアより愛を込めて」「007サンダーボール作戦」の監督である。
娼婦の館で、ゴーシェの女クリスティーナ(ウルスラ・アンドレス)を見つける下りで、ブロンソンの相手役キャプシーヌが登場、成熟した色気を見せる、三船敏郎の相手役は、モニカ・ランドールという綺麗な女優さん。
ベッドではなく、マットレスを床に敷くというあたりは、なるほどと思わ笑わせてくれる。

最後のコマンチとの戦いは、もうちょっと盛り上げ方があったようにも思うのだが、、、、。黒田重兵衛が、ゴーシェに撃たれてしまうのは残念で、三船ファンとしては、ここは生き延びて、日本大使に刀を届けるという脚本にしてほしかった。まあ、電線に刀をぶら下げるというアイデアは、中々洒落ていて印象に残るエンディングとなっている。

1965年アメリカへ渉った三船敏郎とプロファクション一行は、プロデューサーから3人の監督を紹介され、この中から選べと言われたとか、メンバーが凄くて、テレンス・ヤング、サム・ペキンパー、エリア・カザンだったというが、本当だろうか。

“毎日が映画日和” 85点(三船敏郎に敬意を表して10点サービス)


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将軍「SHOGUN」 [見よ!!三船敏郎]

☆将軍「SHOGUN」
(1980年 ジェリー・ロンドン監督、脚本:エリック・ベル子ビッチ、撮影:アンドリュー・ラズロ、音楽:モーリス・ジャール、原作:ジェームズ・クラベル
リチャード・チェンバレン、三船敏郎、島田陽子、フランキー堺、高松英郎、金子信雄、目黒祐樹、ダミアン・トーマス、ジョン・ライス=ディヴィス
宮口精二)
    
ジェームズ・クラベルの小説「SHOGUN」を、アメリカNBCが製作した五夜連続のテレビドラマを、劇場用に編集した作品。
テレビドラマは、アメリカで大ヒット、第38回ゴールデングローブテレビ部門で、作品賞、主演男優賞(リチャード・チェンバレン)、主演女優賞(島田陽子)を受賞、劇場用は主にヨーロッパ、日本で公開された。

5夜連続(547分)の作品を120分に編集しているので、途中ストーリーが、解らなくなってしまうが、17世紀の日本を舞台に、天下を狙う東の武将虎長(三船敏郎:徳川家康がモチーフ)と石堂和成(金子信雄:石田光成がモチーフ)の争いを背景に、漂着した日本で数奇な運命に翻弄されるイギリス人航海士ブラックソーン(リチャード・チェンバレン)を描いている。
江戸時代、実在したイギリス人ウィリアム・アダムス(三浦按針)をモチーフにしていると思われ、三浦按針の生涯に起こった出来事が、ドラマにも描かれている。

35年前の作品で、日本がアメリカのホテルやビルを買い漁っていたバブル全盛時代に突入する時代、まだまだ不思議の国日本を描いたこの作品は、当時のアメリカ人には、経済的な進出も相まって、興味津々だったのではないだろうか。(今の中国のようでもある)
当時の日本における宣教師たち、イエズス会とフランシスコ修道会の勢力争いも描いていて興味深い。

時代考証等はかなり本格的で、日本を描いた作品で有りがちな目立ったいい加減さは影を潜め(多少は感じるものの)美術やセット、衣装なども中々見応えがある。適度なアクションシーンも交え、安易なストーリー展開も見受けられるものの外国人の描いた日本時代劇としては、これはこれで楽しめる。

リチャード・チェンバレンが、ブラックソーン役で好演、相手役は島田陽子で清楚な日本人妻役で、夫がいながらブラックソーンと結ばれる女性を演じている。ゴールデングローブ賞のテレビドラマ部門の女優賞受賞というのは、日本人としては初めてなのでないか。

三船敏郎が、虎長役で貫録の演技を見せている。鎧兜を身にまとった姿は、タイトル名となっている「SHOGUN」そのままであり、三船敏郎はやっぱり時代劇が良く似合う。
この時代60歳代の三船敏郎は、三船プロダクション経営が主体となっており、本格的な主演映画はほとんどなくテレビ、映画共助演が多くなっている。
多くの日本人俳優(目黒祐樹、高松英郎、金子信雄、フランキー堺、宮口精二、安部徹等)が出演し賑やかである。

ロドリゲス役のジョン・リス=デイヴィスは、「007」や「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズへの出演などで活躍、ダミアン・トーマス、マイケル・ホーダーン等が脇を固め、異国の日本を舞台のドラマを盛りあげている。

劇場用映画では、虎長が天下を統一し、ブラックソーンは帰国しようと船の建造を始めるが、虎長は傍に置き部下として協力させる胸中をナレーションする場面で、エンディングとなっている。
この辺も、三浦按針の史実とほぼ合致している。

劇場用の編集版ではなく、テレビドラマを是非観たくなる作品で、音楽は、モーリス・ジャール、撮影はアンドリュー・ラズロと世界的に有名(アカデミー賞受賞等の錚々たる実績を誇る)なスタッフを揃えている。
監督はジェリー・ロンドンで、テレビドラマ専門の監督で、「警察署長」など見応えある作品を発表しているベテラン監督である。

“毎日が映画日和” 80点

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無法松の一生(稲垣浩監督+三船敏郎) [見よ!!三船敏郎]

☆無法松の一生(稲垣浩監督+三船敏郎)
(1958年製作、稲垣浩監督、脚本:稲垣浩、伊丹万作、音楽:團伊玖磨
撮影:山田一夫、原作:岩下俊作
三船敏郎、高峰秀子、茶川比呂志、笠智衆、飯田蝶子、田中春男、宮口精二、多々良純、土屋嘉男、左卜全、有島一郎、中村伸郎、中北千枝子、上田吉次郎
稲葉義男)
   
名作日本映画再発見の1本!!(三船敏郎を見よ!!)
1943年に稲垣浩監督が、監督した坂東妻三郎主演「無法松の一生」のリメイク版である。
前作が検閲によるカットが多かったこともあり、伊丹万作の脚本になるべく忠実な作品を作りたかったと稲垣浩監督は述べている。

主演は三船敏郎、その役作りには、凄味さえ感じる俳優で、今作も三船敏郎渾身の演技で、無法松を演じている。豪放磊落、粗野で無学だが、やさしさの溢れる心遣いと気風の良さは九州男児の典型のようにイメージされ熱演を見せる。

映画は、子供を助けた縁で、自宅へ呼ばれるようになった無法松と陸軍大尉吉岡(芥川比呂志)の束の間の交流と吉岡急死後に残された未亡人良子(高峰秀子)と幼い息子敏雄への献身的な愛情を描いている。

原作は、九州小倉市出身の小説家岩下俊作の1939年発表の小説「富島松五郎伝」で、数々の映画化、テレビドラマ化、舞台化がなされている。
この映画は、第19回ベネツィア国際映画祭で、グランプリ(金獅子賞)を受賞している。(日本映画のグランプリ受賞作品は、「羅生門:1951年」「HANA-BI:1997年」の3作品となっている。)極めて日本的なテイストの題材ながら、世界を代表する映画祭で、グランプリを受賞したということは、快挙といってもいいだろう。

映画を通して描かれる無法松の吉岡親子への献身的な姿は、最近見る事が少なくなった無償の愛情に他ならず、頼まれたらとことん面倒を見るその姿に、涙失くしては観られない。
亡くなった後の遺品を開けてみると、未亡人と息子へ預金通帳を残し、奥様から頂いたさまざまな御礼も封を開けずそのまま保管してある場面は、涙溢れる感動的なシーンである。
全編を通して、セットの街並みの風情が素晴らしく、美術や装飾などのバックヤードのスタッフが素晴らしい仕事をしている。
日本映画のこの素晴らしい伝統や技術は、どこにいったのだろうか。

売らんがためのCG満載の映画や、脚本の未熟な作品が多く、20歳未満のファンのために迎合するボーイ・ミーツ・ハー的作品の多さに、辟易する最近の日本映画界に、そろそろ警鐘を鳴らす時期なのかも知れない。

このままでは、映画館に足を向ける熟年層はどんどん減少するだろう。
これから、人口減少が加速し、特に若年層が減少する事を考えると、大人向けの映画をしっかり製作していく必要があるのではないだろうか。
製作会社や製作者の奮起を期待したい。

それにしても、高峰秀子の気品溢れる演技はどうだろうか、今の女優には見いだせない芯の強さと内面から滲み出る教養というか知性というか、品格を感じる。
三船敏郎は、映画の中で博多祇園太鼓を披露する場面のため、撮影所に朝早く来て太鼓を敲く練習をし(後年関係者がインタビューで語っている)、見事なバチさばきを見せている。役柄に対し真摯に取り組む三船敏郎という俳優の全編を通して描かれる“魂の演技”を、是非観て欲しい。

ベネツィア映画祭のグランプリ受賞は、三船の演技なくして獲得できなかったことは、映画を見れば一目瞭然である。(同じくグランプリ受賞黒澤明「羅生門」も三船敏郎主演である)

(三船敏郎の映画界及び日本国への功績と貢献は、「用心棒」「椿三十郎」のブログの口述として記しているのでご参照下さい。)

”毎日が映画日和“ 100点(この無償の愛に満点!!)



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宮本武蔵完結編 決闘巌流島「SAMURAI Ⅲ」 [見よ!!三船敏郎]

☆宮本武蔵完結編 決闘巌流島「SAMURAIⅢ」
(1956年製作、稲垣浩監督、脚本:稲垣浩、若尾徳平、劇化:北條秀司
音楽:団伊玖磨、撮影:山田一夫、原作:吉川英治
三船敏郎、鶴田浩二、八千草薫、嵯峨三智子、岡田茉莉子、志村喬、千秋実、加東大介、佐々木考丸、上田吉次郎、高堂國典、沢村宗之助)
 
 
清々しい作品で、三船武蔵、鶴田小次郎、八千草お通のそれぞれの個性が生かされ、稲垣監督の演出も佳境に入っていく。
1950年代の作品ということもあって、残虐なシーンは無くグロテスクな場面も無い。

武蔵一途の想いを貫くお通と、剣の道を究めるには、女性を不幸にするという、武蔵のお通への深い思いも良く解るだけに、決戦に赴く武蔵が、“侍の妻なら笑って見送ってくれ”とのセリフに笑顔で応えるお通の場面に、つい涙が滲む。

小次郎が細川藩の師範代になった途端、浪人時代と違い、知らんふりしていた人間や観たことも無い親戚が現れると嘆く場面は、いつの世になっても変わらぬ世相である。小次郎は、藩の庇護の元、武蔵との決戦の時を待っていた。

野盗の襲撃や旅籠でのハエを箸で捕まえる場面などのエピソードを交え、また仏像の創作に没頭する武蔵や農耕に精を出す武蔵など、決戦を前に精神修業に励む武蔵を綴っていく。
武蔵は、欲を捨てただひたすら、剣を究めようとするが、城太郎に、仏像の顔はお通さんそっくりと言われるように、煩悩を振り払おうと苦悩する姿も描いている

田中春男が、馬喰の熊五郎に扮し画面を和ませる演技を見せ、朱美(岡田茉莉子)は、遊女に身をやつしながら、武蔵との再会の機会を伺い、小次郎から武蔵の居所を聞き出し武蔵へ会いに行くのだが、武蔵からは受け入れてもらえない。
野盗に身を落とした祇園藤次(加東大介)と出会い、母親お甲が殺害されたことを知ると、野盗との取引に応じて、武蔵が農耕を営む村を襲わせるが、武蔵への想いも虚しく、殺されてしまう。
さまざまな策を弄して、邪恋を貫こうとするが、結局はかなわぬ恋に終わる。岡田茉莉子の美しさも、必見である。

小次郎との決闘シーンは、今迄観た「宮本武蔵」映画の中では、屈指の出来映えで、太陽を背に戦う武蔵が、浜辺の海の中を走る姿は、その後の武蔵映画にも多くの影響を与えている。
凛々しい武蔵と美男剣士の小次郎の対比が素晴らしく、最後の一撃に至るまでの戦いも迫力ある美しい場面となっている。

「宮本武蔵」は実在の人物だけに、吉川英治の小説とは違う史実や人間像など諸説入り乱れているが、剣豪武蔵に抱くイメージだけは壊さないで欲しい。

映画的評価としては、良く出来た作品で、武蔵と小次郎の決闘をクライマックスに、さまざまなエピソードを3部作5時間を超える大作とした、稲垣浩監督の演出力と構成力も卓越しており、稲垣監督の代表作であろう。
三船敏郎は、既に黒澤明「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「野良犬」「醜聞」
羅生門」「白痴」「七人の侍」に出演しており、トップスターとして活躍、幅の広い演技ができる俳優で、「宮本武蔵」三部作は、彼の代表作の1本となっている。

“毎日が映画日和” 100点(武蔵とお通の純愛に、満点!!)

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宮本武蔵ー一条寺の決闘―「SAMURAI Ⅱ」 [見よ!!三船敏郎]

☆宮本武蔵 一乗寺の決闘「SAMURAIⅡ」
(1955年製作、稲垣浩監督、脚色:稲垣浩、若尾徳兵、撮影)安本淳、音楽:団伊玖磨、原作:吉川英治、
三船敏郎、鶴田浩二、八千草薫、岡田茉莉子、小暮実千代、平田昭彦、堺左千代、尾上九朗右衛門、東野英治郎、加東大介、藤木悠、水戸光子、三好栄子)
   
稲垣浩監督、三船敏郎主演の宮本武蔵3部作の2作目で、宍戸梅軒との決闘から、京都の吉原一門との戦いを中心に展開する。
お通と出会い、互いの気持ちを確認するが、武蔵はお通への想いを断ち切るように、再び武者修行へと旅立っていく。

佐々木小次郎(鶴田浩二)が登場、物干しざおと称する長剣を操り、必殺ツバメ返しを得意とする武蔵最強のライバルとして立ちはだかることになる。
映画では、武蔵の近辺に現れては、吉岡一門との仲介役をしようとしたり、お通を助けたり、朱美と出会い好意を抱いたりする。

良く知られた吉川英治の原作を劇場用に劇化しており、簡潔に脚本化し、細部は原作と違うものの、映画は別物と考えれば、良く出来た映画となっている。
お通は、一旦は武蔵への想いを断ち切ろうと仏門に入り、尼になる決心をするものの、武蔵が吉岡一門と決闘をすると聞き、いてもたってもいられず武蔵の元へ駆けつける。

吉岡一門との対決で、吉岡清十郎を斬ったことで一門に追われるが、難を逃れた武蔵は、お通と束の間の時間を過ごすことになる。
身体を求める武蔵に対し拒否したことで、武蔵は剣の道を目指すに恋慕の情は必要ないと再び旅立っていく。お通は、武蔵への、恋に生きると沢庵に告げる。

叉八は、おばばと出会い自分こそは免許皆伝の佐々木小次郎だと口から出まかせ言い、お通を殺そうとするところへ本物の小次郎が現われ腰を抜かすが、おばばは武蔵のせいだと、ますます武蔵への憎悪を募らせる。(叉八役は、三国連太郎から、堺左千男(三船敏郎と東宝入社同期生)に変更)

「宮本武蔵」は「SAMURAI」としてアメリカ他海外で公開され、アメリカアカデミー賞名誉賞(外国語映画賞)を受賞し、続編「一乗寺の決闘」は「SAMURAIⅡ」として公開された。

イーストマンカラーの映像は、くっきりと観やすく綺麗で、山間部の緑や川の水の清らかさが、画面に映え美しい。
セット撮影の箇所も、美術、装飾を含め時代劇を得意とする、熟練した多くのスタッフが時代考証含め見事な雰囲気を創り出している。

今は、時代劇もほとんど制作されず、伝統の技術が継承される機会がないのが危惧される。
日本文化を表現する一つの手段として、もう一度時代劇に光をあて、1950年代アカデミー賞他世界三大映画祭(ベネツィア、ベルリン、カンヌ)でも数々の受賞を果たしたように復活してほしいものである。

稲垣浩監督は、1920年代後半から監督となり「宮本武蔵」日活3部作(片岡千恵蔵=武蔵)も1940年に発表している。
1954年、「宮本武蔵」の新たな映画化は、*アカデミー賞外国語映画賞を受賞(当時は名誉賞)するという快挙を成し遂げた。

自らの作品をリメイクした「無法松の一生」(1958年)では、主演に三船敏郎を迎え、ヴェネツィア国際映画祭で見事金獅子賞を受賞している。
時代劇を中心に監督を続け、娯楽大作を手懸けた巨匠である。

”毎日が映画日和”” 100点(八千草薫の可憐な姿に、10点おまけ)

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宮本武蔵(SAMURAI)(稲垣浩監督+三船敏郎) [見よ!!三船敏郎]

☆宮本武蔵
(1954年製作、稲垣浩監督、脚本:稲垣浩、若尾修平、音楽:団伊玖磨、撮影・安本淳、原作:吉川英治
三船敏郎、八千草薫、尾上九朗右衛門、岡田茉莉子、水戸光子、三国蓮太郎、
三好栄子、平田昭彦、加東大介)
   
吉川英治原作「宮本武蔵」の戦後初めての映画化である。
稲垣浩監督の「宮本武蔵3部作」の第1作目である。この作品は、*第28回アカデミー賞名誉賞(現在の外国語映画賞)を受賞した作品である。
(この年、衣装デザイン賞(白黒)に「雨月物語」がノミネートされている)

三船敏郎(当時34歳)の宮本武蔵像は、当初、小説版での苦悩するストイックな武蔵とはイメージが違う感じがしたが、流石は世界の三船で、イメージを払拭して余りある武蔵像を演じ見事である。この第一部では、関ヶ原の決戦から、沢庵和尚に諭され姫路城で初めて人間形成の機会に触れる3年間を経て、旅立つまでを描いている。また、生涯かけて愛するお通さんとの心の交流を描いてもいる。

美作の国宮本村に生まれ、子供の頃から悪蔵と呼ばれるほどの暴れん坊、荒々しい血気にはやる武蔵は、関ヶ原の戦いで、功績をあげ名を成そうと参加するが、夢破れ敗残兵として追われるところを、同行した叉八(三国連太郎)と共に、お甲(水戸光子)、朱美(岡田茉莉子)親子に助けられ、難を逃れる。

野盗を追い払った逞しい武蔵に懸想したお甲は、武蔵に受け入れてもらえず、飛び出した武蔵を、私を襲ってきたので撥ねつけてやったと嘘を言って、叉八を騙す。

村に戻った武蔵は、叉八の母親お杉に、叉八は生きていると告げるが、叉八を無理やり誘ったと誤解するお杉おばばは、御尋ね者の武蔵を役人に通報し捕まえさせようとするものの、武蔵は役人を蹴散らし山へ逃げ込む。
武蔵の生涯に多大なる影響を与える沢庵和尚が、村人にこれ以上迷惑は掛けられないと武蔵の捕縛を計画し、もくろみ通り武蔵を捕縛し杉の木に吊るす。

お甲から叉八を諦めるようにとの手紙を読んだお通は、詳しく話を聞こうと沢庵和尚と武蔵に接し、武蔵の純真さに魅かれて行き、杉の木に吊り下げられた武蔵を救い2人で逃げだすが、途中お通は捕まり、武蔵はお通を救出しようとしたところで、沢庵に諭され、姫路城の楼閣に多くの書物と一緒に閉じこめられる。
3年後、書物を読み漁り、新たな世界に目覚め、まだまだ未熟ながらも精神的に落ち着き、成長し穏やかになった武蔵は、諸国武者修行へ旅立つ決意を伝え、お通の静止を振り切って、一人旅立つのであった。

第一部のあら筋だが、ほぼ原作(細かなディテーィールに多少違いはあるが)
に沿って描かれている。
お通演じる八千草薫(当時23歳)の、類稀なる可憐さと美しさは綺麗でほれぼれする。滲み出る気品は、普段の修練の賜物だろう。
朱美役岡田茉莉子(当時21歳)の美しさも、目を引く艶やかさで、スタイルは別にして世界に誇れる女優たちである。
カラー映像の美しさは、イーストマン・カラー特有で、くっきりと鮮やかな映像が素晴らしい。
(1954年、三船敏郎は、代表作の1本、「七人の侍」にも出演している)

3部作の1作目ということで、武蔵の旅立つまでを描いているのだが、人間のさまざまな欲望をさまざな登場人物に投影させ、解りやすく描いている。

稲垣浩監督と三船敏郎は、この作品以降もコンビを組み「柳生武芸帳」2作、「日本誕生」「大阪城物語」「暴れ豪右衛門」「風林火山」「待ち伏せ」等の作品を残しているが、何と言っても「無法松の一生」を忘れることはできないだろう。
(高校生の頃、原作を読んで(勿論文庫本)夢中になったのを思い出す作品)
(1961年~65年全5作:萬屋錦之介+内田吐夢監督作品も素晴らしい)

“毎日が映画日和”100点(八千草薫の可憐さをプラスして満点!!)


*アカデミー外国語映画賞(名誉賞)
外国映画の表彰は1947年~49年「特別賞」、50年~55年「名誉賞」として表彰されたが、1956年度第29回から、「外国語映画賞」となっている。
日本映画受賞作品、
・1951年「羅生門」黒澤明   ・1954年「地獄門」衣笠貞之助 
・1955年「宮本武蔵」稲垣浩  ・2008年「おくりびと」滝田洋二郎
*1975年「デルす・ウザーラ」黒澤明*ソビエト連邦資本の映画
ノミネート作品(作品名と監督)
・1956年「ビルマの竪琴」市川昆 ・1961年「永遠の人」木下恵介
・1963年「古都」中村登     ・1964年「砂の女」勅使河原宏
・1965年「怪談」小林正樹    ・1967年「千恵子抄」中村登
・1971年「どですかでん」黒澤明 ・1975年「サンダカン八番娼館」熊井啓
・1980年「影武者」黒澤明    ・1981年「泥の河」小栗康平
・2003年「たそがれ清兵衛」山田洋次


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