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運動靴と赤い金魚 [映画(家族向け)]

☆運動靴と赤い金魚「Children of Heavenبچه‌های آسمان‎:」
(1997年製作、マジッド・マジディ監督・脚本、音楽:ケイヴァン・ジャハーンシャヒ―、撮影:バービス・マレクサデー
アミル・ナージ、バハレ・セッデキ、ミル=ファロク・ハシェミアン、フェレシュテ・サラバンディ、ダリウシュ・モクタリ)
  

世界名作映画の1本!!

イランの小学生の学校生活を生き生きと描き、貧しい兄と妹の運動靴にまつわるストーリーを描いて、爽やかな感動を呼ぶイラン映画である。
イランというと昨今の世界における立場を考えると、どうしても政治的対立や宗教的対立などとイメージしがちだが、この映画はそういう問題は描かれず、兄弟愛や家族愛を描き、”愛情”は世界共通であることを教えてくれる作品である。

お手伝いで買い物の途中、妹ザーラの靴を失くしてしまった兄のアリは、母親や父親に失くしたことを言えず、(貧しい家庭のため買ってほしいとは言えない切ない子供心を見せる)2人で何とか解決しようと(靴が手に入るという保証もなく)、兄のぶかぶかの運動靴を、妹が履いて学校へ通う。

低学年と高学年は、授業の時間帯が違うようで、兄の授業に間に合わせるため、お互い一生懸命走って靴のバトン(妹の後に兄が履いて学校へ)をする姿が、いじらしい。(この一生懸命走ることが、後半の伏線となっていて、脚本が上手い)
2人の一生懸命な姿をあざ笑うかのような、アクシデントや不可抗力の出来事は、人生への教訓でもあるようで監督の演出が心憎い。

学校に遅れ大きな涙を浮かべ、規律担当の先生に叱られるシーン、観客は、事情を知っているだけに熱いものがこみ上げる場面でもあるが、演じるミル=ファロク・ハシュミアンの演技がとても自然で、規律担当の先生に事情を聞いてやれよと、言いたくなる。

恥ずかしそうに兄のぶかぶかの靴を履いて学校へ通う、妹サーラの可愛い笑顔が素晴らしい。
失くした靴を履いている女の子を見つけ、後をつけ兄を連れて行ってみるが、目の不自由なお父さんの手を引いて歩く女の子を見て、2人無言で帰るシーンの優しさ溢れるシーンが何とも切なく、いじらしく、つい”負けるな”と声を掛けたくなる。

富裕層が暮らす住宅街と主人公の2人が暮らす下層階級の住居の対比など、格差社会の実態もさりげなく描いている。
またモスクでお茶くみをして働くお父さんを手伝う場面では、イランのモスクでの風景も垣間見ることができる。

マジッド・マディ監督は脚本も担当、一貫してイランを舞台に作品を発表「少女の髪どめ」「太陽は、ぼくの瞳」「すずめの涙」などを監督し、3年連続モントリオール映画祭グランプリ受賞を果たしている。

妹の靴を手に入れる為、マラソン大会への出場を体育担当の先生へ直訴し、頑張り過ぎて1位になってしまい(普通は大喜びだが)妹との約束した3等の景品だった運動靴を手に入れることが出来ずしょんぼりするアリと、期待していた妹のザーラも、アリにそっぽを向きガッカリする場面が可愛い。優勝して大喜びする学校の先生たちの横で、大きな瞳に涙を浮かべて肩を落とすアリの表情が、共感を呼ぶ。

そんな2人が知らない嬉しい出来事が起こっていて、お金が沢山あったら妹の靴が破れているので買ってあげて、と言ったことを覚えていた父親が妹だけでなく、お兄ちゃん(アリ)にもに新しい運動靴を買い、自転車の荷台にしっかり積んで家へ向かっていた。

マラソン大会で頑張ったアリが、皮がめくれ傷ついた両足を、庭の池の中へ入れると、金魚たちが周りに集まり、よく頑張ったね とでもいうように優しくいたわる様な心暖まるシーンで、エンドマークとなる。

2人に靴が手渡され、はじける様な2人の笑顔シーンで、エンドマークの方が、良かったと当然思うが、監督の意図した演出は、観客それぞれが2人の幸せな笑顔を想像してもらおうというもので、素晴らしいエンディングである。

88分の上映時間の中に、幸せがいっぱい詰まっているような映画で、幸福はお金では買えないということを、あらためて実感できる映画でもある。
身近なささいな出来事や、日常の何気ない生活、家族の思いやりにこそ、幸せは溢れているのではないだろうか。そんなことを思わせる素敵な映画である。

“毎日が映画日和” 100点(2人の子供達に文句なく満点!!)


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